東京地方裁判所 昭和39年(ワ)1773号 判決 1967年6月16日
原告 月村慶治
右訴訟代理人弁護士 松原正交
被告 大京工業株式会社
右代表者代表取締役 中森清彦
<ほか二名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 小幡良三
右訴訟復代理人弁護士 小田切登
被告 秋山栄一
右訴訟代理人弁護士 堤重信
主文
一、被告大京工業株式会社は原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物から退去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。
二、被告中森清治は原告に対し、別紙第三、四物件目録記載の各建物部分から退去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、且つ昭和三二年七月一日から同三八年二月一七日まで一ヵ月金五〇〇円の割合による金員を支払え。
三、被告秋山栄一は原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、且つ昭和三八年二月一八日から右明渡済みに至るまで一ヵ月金五〇〇円の割合による金員を支払え。
四、被告中森清彦に対する請求及び被告秋山栄一に対するその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「主文、第一、二、三項同旨、但し、第三項については土地明渡ずみまで一ヵ月一、二五〇円の割合による金員の支払いを求めるほかいずれも同旨」予備的に「被告清彦に対し昭和三二年七月一日から同三八年二月一七日まで一ヵ月五〇〇円の割合による金員を支払え」、「訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
「別紙第一物件目録記載の土地(以下単に本件土地という。)を含む同町二〇四番宅地一六一坪七合は原告の所有であるところ、原告は被告中森清彦に対し昭和三〇年六月一三日本件土地を使用目的本造家屋所有、賃料一ヵ月一坪当り一〇円毎月末日払、期間二〇年の約定で賃貸し、同被告は本件土地上に別紙第二物件目録記載の建物(以下単に本件建物という。)を所有し、被告会社が現在これを占有し、別紙第三、四物件目録記載の建物部分は被告清治が占有しているが、被告清彦は本件建物及び本件借地権を昭和三七年六月五日訴外花岡一郎に譲渡し、右訴外人は同三八年二月一六日これらを被告秋山に譲渡し、同月一八日被告秋山は本件建物につき所有権移転登記を了した。しかるに右譲渡は何れも原告の承諾をうることなくなされたものであるから、原告は昭和三九年一月一四日到達の書面で被告清彦に対し契約解除の意思表示をした。かりに賃借人が被告の主張するように被告清治であるとすれば、同年五月一四日本件口頭弁論期日において請求の予備的変更申立書を陳述することにより被告清治代理人に対し前記同様の理由により解除の意思表示をした。よって原告は所有権に基いて被告秋山に対し、本件建物を収去し、被告会社及び清治に対し右建物から退去し、本件土地を明渡すことを求めると共に、被告清彦(予備的に被告清治)に対し昭和三二年七月一日以降本件借地権が被告秋山に譲渡された日の前日である昭和三八年二月一七日まで一ヵ月五〇〇円の割合による約定賃料の支払を、被告秋山に対し昭和三八年二月一八日以降明渡済みに至るまで一ヵ月一、二五〇円の割合による比隣の地代相当額の損害金の支払をそれぞれ求めると述べた。
≪被告らの答弁に対する反論および証拠省略≫
被告らは、いずれも、請求棄却の判決を求め、答弁として被告会社、同中森両名訴訟代理人は「原告主張事実中本件土地が原告の所有であること、被告清彦は本件土地上に本件建物を所有していたがこれを訴外花岡に譲渡したこと及び原告主張のような解除通知のあったこと、本件建物の占有状態は認めるが、その余の事実を否認する。本件土地の賃借人は被告清治であるから、右解除の意思表示は無効である。被告清治は昭和三〇年六月一日訴外福田某から本件土地上に存在した建坪一三坪の建物を譲受け同月一三日その登記を了したが、その後原告の同意を得て建坪二三坪二合五勺に増築し、更に建坪五坪五合の附属建物を新築したため旧表示の建物の登記簿上の表示と本件建物の現況が符合しなくなったので旧建物につき滅失登記をなし、新たに本件建物の保存登記をなしたのである。従って、本件建物と旧表示の建物とは同一性を失っていないので、本来家屋番号二〇四番の二の滅失登記及び二〇四番の六の保存登記は無効であるから右無効の保存登記に基づく本件建物の譲渡は無効であり、本件借地権譲渡の事実はありえない。
仮に訴外花岡に対し、賃借権の譲渡がなされたとしても、昭和三六年七月七日頃被告清治が訴外株式会社柳製作所のために本件建物に対して抵当権設定登記をなす際、原告はこれに対して承諾を与えており、右承諾は、抵当権の実行による本件建物の取得者即ち不特定人に対する本件借地権譲渡の承諾と解すべきであるから、訴外花岡が右抵当権実行による競落人ではないとしても、右承諾は右訴外人に対する本件借地譲渡にも及ぶものといわなければならない。」と述べ(た。)≪被告秋山の答弁および証拠省略≫
理由
一、被告会社、同中森両名に対する請求についての判断
本件土地が原告の所有であること、原告から本件土地を賃料一ヵ月五〇〇円の約定で賃借し(但し賃借人が被告清治か清彦かについては後記認定のとおり)被告清彦が同地上に本件建物を所有していたこと及び被告会社、同清治が原告主張のように本件建物を占有していることは右当事者間に争がない。
(1) そこで先ず本件土地の賃借人が誰であるかについて按ずるに≪証拠省略≫によると、それは被告清治であることが認められるから、これが被告清彦であるとし、同人に対しなされた昭和三九年一月一四日本件土地賃貸借契約解除の意思表示は、右被告両名が親子の関係にあるとしても、その当否を判断するまでもなく、効力を生ずる余地はないものというべきである。ところで賃料の支払を求める請求の態容は所謂主観的予備的請求に当るから、その当否を問題にする余地はあろうが、右のような請求が許されないとされるのは主に訴訟手続の進行の面と、予備的に被告とされたものの応訴の面の両面における不安定という理由からであると解される。しかるに本件の場合は、当初より両名とも被告にされているし、両者の関係が親子であり、原告が請求を予備的に追加したのは被告清治の主張に基づくものであるから、手続進行の面においても、予備的被告の利益の面においてもなんら不都合な点はなく、むしろ事案の迅速、妥当な解決をはかるためには、のぞましいといえよう。従ってこのような場合には主観的予備的請求は許されると解するのが相当である。
(2) 次に本件建物が被告清彦から訴外花岡を経て被告秋山に譲渡されていることは、≪証拠省略≫により明らかであり、右認定に反する被告清治の供述は措信できない。被告ら(被告秋山を除く)は、家屋番号二〇四番の二の旧表示の建物と二〇四番の六の本件建物は同一の建物であるのに前者につき滅失登記をなし、本件建物の保存登記をなしたものであるから、右保存登記は無効であり右無効の保存登記に基く譲渡も無効であるから本件建物を被告清彦が有効に訴外花岡に譲渡しうる筈はなく又借地権の譲渡ということもありえないと主張するので按ずるに、右主張の趣旨は必ずしも明らかでないが、現に本件土地上に存在する本件建物(建物の現況が原告主張の如きもの―甲第二号証表示と一致―であることは被告らの明かに争わないところである)の譲渡の事実については前判示のとおりであるから、右登記が無効であるからといって、譲渡の事実そのものの認定になんら支障を及ぼすものではない。尤も≪証拠省略≫によると、本件建物は担保の目的をもって花岡に移転登記されたものであると述べているから、そうだとすると特段の事情のない限り、本件土地の賃借権の無断譲渡ありとして解除することは許されないかの如くであるが、被告秋山も主張しているように本件建物は右花岡より訴外中津弘明に譲渡され、同訴外人から被告秋山がこれを譲受けたというのであるから、このような事情にかんがみれば、本件の場合、賃借権の譲渡がなされたと認定すべき特段の事情があるというべきである。
(3) しかし本件の場合本件建物譲渡に伴う本件土地の賃借権の譲渡に対し原告の承諾がなされたことについてはこれを認めるに足る証拠はない。これに関し被告らは本件建物につき旧表示の登記がなされていた昭和三三年当時、抵当権設定につき原告の承諾をえたから、訴外花岡に対する任意譲渡についても事前の承諾がなされたというべきである旨主張し、被告清治はこれに添う供述をしているが、同人の供述にもあるように、昭和三二年中頃以来賃料を支払っていないというのであるし、証人安田一郎の証言によれば昭和三八年秋頃同人は原告の妻の依頼により、被告中森宛の地代領収書を持参して同被告宅を訪れたことが認められるから、これらの事実によると、抵当権設定につき原告の承諾があったものと認めることはできず他にこれを認めるに足る証拠はない。
(4) そうして昭和三九年五月一四日の本件口頭弁論期日において原告は被告清治に対し、右賃借権の無断譲渡を理由に本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは記録上明らかである。
(5) 又被告清治が原告に対し、昭和三二年七月一日以降の賃料を支払ったことについてはこれを認めるに足る証拠はない。
(6) よって原告清彦に対する賃料の支払を求める請求は失当であるが、被告会社及び被告清治に対する請求はすべて正当である。
二、被告秋山に対する請求についての判断 ≪省略≫
三、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないからこれを付さない。
(裁判官 加藤宏)
<以下省略>